子どもは、親の所有物ではない。

 

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写真:江古田で行方不明

国連子どもの権利条約が、1989年に批准した翌年に、この内容の理念に基づいて「少年非行予防のための国連ガイドライン(リヤドガイドライン)」を発表しました。

 

このガイドラインの中には、子どもの犯罪を予防するためには、何が必要なのかという事も、考えられています。

 

家庭、学校、地域、マスコミなどで、何がされなければならないのかも、定められており、基本的な理念は、”幼いときから、子どもを、ひとりの人格として尊重すること”である。

 

生まれた時から、ひとりの人間として、接する事ができているか、ご自身の子どもに対して、いつの間にか、親の所有物のようになっていないだろうか。

親の言うことを聞かないことで、叩いたり、罵声を浴びせたりしていないだろうか。

子どもが言うことを、聞かないからと言って、有無を言わさないくらいに、責めてしまっていることはないだろうか。実は、責めれば責めるほどに、子どもは口を閉ざしてしまう傾向にあります。

また、どう答えていいか分からない、そして、答えたところで意見は通らない、だから嘘をついたり、調子を合わせたりして、自分の本当の気持ちを伝え機会がなくなってしまい、自分という存在を否定されているような感覚で、生きていかなければならなくなるのです。

こんな風にしたいなんて思っていない!と、親御さんは思うかもしれませんが、ご自身がお子様を操作し、洗脳、そして、教育しているという自覚を持って欲しいと、切に思います。

一度、ご自身の行動を振り返り、すぐにでも、どうするべきなのかを考えて欲しいのです。そして、お子様に対して、謝罪をして下さい。なぜなら、ひとりの人間だからです。家族だからこそ、気持ちをしっかりと伝えて欲しいのです。これは、立派な教育、教養であると、個人的には思います。

 

ひとりの人格者であるので、言うことを素直に聞けないことだってあるのは、冷静に考えたら、当たり前のことではないだろうか。

大人から、大人へ、お願いをされた時に、そのお願いを聞きたくないときだってある。それと一緒なのだが、どうしても、言うことを聞くのが当たり前のように考えているのは、子どもを、所有物として扱っているに違いない。

 

人間として、尊重されて育った子どもは、自分の存在にプライドを持てるようになる。

そのことによって、他者の存在も、尊重することが、できるようになります。要するに、いじめっ子にも、ならないのではないかと思われます。

自他の存在を、自然と大切に思えるように、心が育つので、取り返しのつかないような犯罪をすることは、まず、考えられないのではないだろうか。

 

少年犯罪の被害者となった大人は、少年の罪はどうしたらいいのかと言う問いに対して、厳罰に処したところで、根本的な解決にはならない。

少年のためにも、社会のためにも、感情と生活を立て直し、世の中に戻れるように、更生することが、被害者を救うことであるという、気持ちでいる方もいらっしゃいます。

むしろ、厳罰にすることによって、被害者の心は癒されることはなく、心から、反省することができる環境の中で、更生させることで、再犯も防ぐことができるようになるとも、『少年法・少年犯罪をどう見たらいいのか―「改正」、厳罰化は犯罪を抑止しない』では、主張されています。

 

 

註:『少年法・少年犯罪をどう見たらいいのか―「改正」、厳罰化は犯罪を抑止しない』石井 小夜子,平湯 真人,坪井 節子 明石書店 2000-10

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