烙印(らくいん)を押された人の行く末を考える

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写真:表参道にある、どこかの窓

たびたび、この烙印(ラベリング)について、触れてきましたが、少年院関係での著書にも、この件が載っていたので、ご紹介します。

 

少年非行防止のための国連ガイドライン(リヤドガイドライン)では、非行少年、非行予備軍、逸脱者という烙印を押してしまうことによって、青少年の好ましくない行動を持続させるとして、この烙印が、犯罪の要因であると指摘しています。

 

ちょっと、世の中に馴染めなくて、イライラしたから非行に走ったという少年が、少年院から帰ってきたら、「少年院帰り」(大人であれば、「刑務所帰り」)として、烙印されてしまい、社会からは、冷たい視線を浴びてしまいます。

犯罪行動をとってしまうことは、誰もが、起こりうる事態なのですが、この犯罪を犯した人は、社会からは、「外の人」として扱われてしまうのです。

 

どうしても、排除するような動きが行われ、受け入れるような、一度、罪を犯してしまった人が、改めて、新しい人生を歩めるような、見守りのようなことにはならないのが、現在の日本ではないでしょうか。

一度でも、犯罪行為をしたら、終わりのような、そんなイメージを感じてしまいます。更生していくプロセスを踏んだところで、周りから、そんな目で見られてしまったら、もっと凶悪な犯罪に走ってしまうのではないかと、容易に想像することだってできます。

 

 

刑務所収容者の場合には、この烙印が、前科者として社会に認知された状態で、社会復帰をせざるを得ません。今まで通りには、生きてはいけない、生きにくいという追い風に、耐えられる精神力を付けなければならないということになります。

少年院の場合には、更生プログラムがあり、どうしたいいのか、どうしたら、社会に出て、生きていけるのか、ということを教えてくれるが、刑務所では、収容されて、労働させられ、反省期間として、刑務所に収容されるが、どのように反省すればいいのか分からないから、再犯してしまう者が、50%以上であるということを、警察の方には分かってもらえないのかと、思ってしまう。

どうしようもない、言ったところでまた同じことを繰り返すに違いないと、思ってしまっているのか、それとも、手を尽くしているが、ダメであるということであれば、もっと内容が報道されていいはずである。

警察署と密着している、記者クラブはいないのだろうか?あまりにも、閉鎖的すぎて、恐ろしい場所だと、個人的には、思ってしまう。とんでもない仕打ちを受けさせられていたら、どうしようと思ってしまう。

だが、そう言ったことが世の中に出回らないのも、恐ろしい社会ではないかと、鳥肌が立ってしまう。是非とも、刑務所の中の受刑者の扱いを知りたいと切に思う。

 

社会から隔離されること、監視されている環境の中では、生きていくための力が育たないというドイツの研究があり、少年法では、排除されるのではなく、少年の拘束(少年院)は、やむを得ない場合の、最後の手段としてのみ、行われるものとしている。

二度と犯罪を起こさないように、地域の中で成長を助けていくことが、目的であるとされています。そうしたこともあって、烙印を押されたからと言って、見捨てらたわけではなく、安心して更生することができ、全体的に犯罪を減らすことへ繋がり、安全な社会を生み出すことにも繋がっているというのです。

少年の失敗は、まだ温かく見守ってくれているが、大人になったら、見捨てられているという体制が、再犯を促しているに違いない。

 
註:

少年法・少年犯罪をどう見たらいいのか―「改正」、厳罰化は犯罪を抑止しない』石井 小夜子,平湯 真人,坪井 節子 明石書店 2000-10

少年非行防止のための国連ガイドライン(リヤドガイドライン)

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