できる範囲で手助けすることが、人間関係形成のコツ

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写真:西葛西にやって来た桃屋さん

凶悪な犯罪をニュースなどで見かけると、

「我が子が、もし、そうなってしまったらどうしよう」

と、思う親御さんも多いのではないでしょうか。

 

我が子が、非行に走らないためには、どうしたらいいのかと、考えれば考えるほど、我が子に対して、心配になってしまい、今やっていることが、我が子にとって、大切なことなのか分からないまま、空回りしてしまうと、お子さまにとっても、親御さまにとっても、ストレスになってしまい、逆効果になってしまったら、本末転倒になります。

 

非行に走らないためには、どのようなことをすることが、子どもにとって最善なのかを考えて行きます。

 

将来のためにと、勉強を強制して、有名大学に入学ができたとしても、人との関係がうまく取れなかったり、衣食住をまかなう力がなければ、社会で生きていくことはできません。

勉強が得意というのは、素晴らしい個性ですが、それだけではなく、生きていくための力をつけることによって、自信喪失に陥ることもなくなりますし、精神を安定させることにも繋がります。

現在の日本の教育では、生活と、勉学は切り離されて考えられており、この勉学を中心として評価されているため、生きるための生活部分が、疎かになってしまっているのが現状です。

ひと昔前では、家族で協力しなければ、生きていけないという、家庭環境が多かったこともあったという背景が考えられ、生活の面や、人とのコミュニケーションは、取れているという前提なのかもしれない。

そう考えると、教育方針は、現代に合っていないと思われます。

だが、社会が変わるまで待っていては、悪化していくばかりなので「変わったら助かるなぁ」くらい思っておかなければ、ずっと、社会に文句を言い続けるだけで、ご自身では何もできないということになってしまいます。

そんなことは、誰も望んでいないことだと思いますので、できることから、実践していくこと、努力していくことが大切であると思っています。

 

今も、昔も、変わらず、子ども、いえ、、、人間にとって大切なことは、人間として生きる基本を身につけること、そして、それをバランスよく、送っていくことではないかと思われます。

生きていくために必要だと思われる能力は、先にも述べた通り、人とのコミュニケーションであったり、衣食住が、自分で自立して行うことができることです。

 

人とのコミュニケーションでは、伝えたいことを、伝えられる。また、逆に相手が伝えたいことを聞くことができるという単純なものでいいのです。

衣食住が安定していなければ、人間の精神は不安定になってしまうので、それを、自身でコントロールし、生活をバランスよく送ることができる能力は基本中の基本ではないでしょうか。

 

この要素が整ってから、勉学をするのであれば、教養として成り立つと思いますが、基本の要素が伴っていなければ、人間として、生きていく力をつけることができてないと、言えるのではないでしょうか。

 

自分で物事に対して向き合い、自分で答えを判断し、行動することができるには、この教育を行い、その子に合わせて、教育を進めていく必要があると考えられます。

そうすれば、自分で考えられれば、犯罪に走ることようなことも、なくなるのです。

 

この先には、社会にとって、自分が有用な存在である、ということを自覚することで、責任感を持って、生きていくことができる能力を養うことができます。

子どもの時期から、「あなたは、大切な人であり、社会から見ても大切な存在である」ということを自覚させることで、人権を平等に尊重することが、自然とできてきます。

 

この意識があることで、社会規範に対して、押し付けられているのではないと認識することができ、生活をバランスよく送るためには、この規範に、沿っていくことが懸命であると思え、自分本位だけではなく、社会の一員として、役立とうという生きる歓びにもなっていくというワケです。

このような考えに、大人でさえ、なれていない方も、いらっしゃると思います。

そう言った、不信感が、子どもにも伝わっているというのも、考えられます。

 

大人の生活バランスを、しっかりと送っているのかという課題を、今一度見直し、自身のことを考えることで、お子さまにも、反映していきます。

理不尽なことを、お子さまだけに、押し付けるのではなく、まずは、ご自身について、考えるのが、一番優先となります。

 

親御さまが、健康(心も体も)であれば、お子さまも健康というワケです。この状態で、犯罪を陥る要素は考えられません。

お子さまの行動は、親御さまの行動が、何かしらの原因として現れていくことが多いので、「そんな子に育てた覚えはない」という言葉は、無責任にも程が有るというワケです。

 

犯罪に陥ってしまう子ども、大人は、本当に苦しんでおり、そして、本当にひとりぼっちなのが特徴です。

その人に対して、何も解決していなくても、話を聞いてあげるだけでもいいのです。そして、話をしなくても、側にいるだけでもいいのです。

本人が話したくなったら、話しを聞いて、その苦しみを受け止め、一緒に担い、一緒に歩いてくれる人を求めているので、無理のない範囲で、できることをしてあげることが重要です。

 

周りの人が、できることをすることによって、本人は、生きる気力が湧き、前に向かって進もうという気持ちになってくれるのです。

ちょっとしたことでも、その人の役に立つのであれば、無理のない範囲で、耳を傾けるだけでもいいのです。大切なことは、できる範囲でいいのです。5分でもいいのです。

人には人のバランスがあるので、それを知ってもらうのも、学びのひとつになります。

自分を大切にすることで、自分以外の人を大切にすることができるのですから、まずは、自分を大切にするという気持ちは、第一に考えてください。

 

 

註:『少年法・少年犯罪をどう見たらいいのか―「改正」、厳罰化は犯罪を抑止しない』石井 小夜子,平湯 真人,坪井 節子 明石書店 2000-10

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