少年の保護育成をどうとらえるか

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写真:飯田橋から東西線へ

少年法の改正に対して、こちら『凶悪犯罪に対処できないのは少年法が悪い』でも、すでに書いていますが、『犯罪学への招待』の著者の視点についても、ご紹介します。

 

少年法改正での争点は、

1.裁判官の合議制の導入

2.検察官と附添人の審判への関与

3.少年鑑別所の観護措置期間の延期

4.事実認定および法令適用に関する検察官への抗告権の付与

5.救済手続(審判のやり直し)の新設

6.被害者の傍聴の許可

7.被害者に対する事件情報の開示

 

1〜7の中で、2、4については、明らかに刑事裁判モデルであって、現行の少年保護制度の根本思想を覆す可能性がある。

この改正の方向性は、少年の「保護育成」をどのようにとらえるのか?という問題がある。

 

最終的な社会の安全を考えるべきであって、少年期の事件によって受けてしまった、種々の精神的なダメージについてを、分析されないまま、その状態で、放置されてしまっていると、結局は、将来の再犯可能性を温存させる危険性が高まってしまう。

この状態を、回避するためには、改善・治療を、中心とした保護的処分によって解決するのが原則ではないだろうかという見解である。

 

そんなことは、考えれば、当たり前ではないかと思ってしまうが、国は、そんなことをしてくれない。人間を人間として扱ってくれない。

犯罪者は、人間ではないのだろうか。どうして更生のプロセスを大切にしてくれないのか。

 

人間形成を、本人のペースでじっくりと築くことができなかったのだろうから、この鑑別所などでの過ごすときに、そこで人間形成を築けるようなケアをして欲しいと思うのです。

これは、何度も言っていますが、少年に限らずに、成人の方でも、この人間形成を、刑務所でケアして欲しいと切に思うのです。

辛い思いをしてきたから、罪を犯してしまったワケなので、刑務所内でも、辛い思いをして欲しくないのです。罪を犯したのだから、それだけの罰を受けるべきであるという考えではなく、更生期間として、刑務所に入ってくださいという世の中になって欲しいのです。

 

※著書の意見は、まだまだあるのですが、割愛させていただきます。

 

 

註:『犯罪学への招待』守山 正,西村 春夫 日本評論社 1999-05

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