犯罪者の扱いを悔い改める

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写真:橋の上(南砂町から西葛西)

皆さんは、刑務所の中身を知っているだろうか。

 

私は知らない。年に1度だけ、刑務所の見学会などがあったり、網走では、刑務所ツアーがあるとどこかで聞いたことがある。

普通は、刑務所に入りたいとは思わないだろうが、私は、刑務所での受刑者の身分、過ごし方などが気になって仕方がない。

 

見学させてもらえないか、アンケートを取らせてもらえないか?と、問い合わせると、大学のゼミなどの一環であったり、教授であれば、企画内容をFAXして検討してくれるそうだ。

 

私は、何者だとも言えず、大学の教授に推薦状的なものを出してもらえないとも、お願いしたが、事情は理解してくれたが、そんなことはできないと断られ、結局は、大学の所属するしか道がないと助言してくれました。

 

だが、大学の教授であったとしても、刑務所で受刑者に話を聞くということは、難しい話なのだそうで、人間を研究にすること自体が、非道徳的な扱いなのかもしれない。

 

動機が不純となってしまうだろうか。誰に言えば、わかってくれるだろうか。本当に日本の未来、子どもたちの未来を明るくしたいと思っているが、警察(国)としては、受刑者をどのようにしていこうと思っているのか、それも一般の私たちは知らないことであると、思う。

これは、知っておきたい内容ではないだろうか。

 

現時点での実態を知ることで、未来が見えてくると思っているので、なんとか、できないものか、考えて行きたい。

 

世界では、18世紀、刑事施設における犯罪者の人道的な扱いであったり、ヨーロッパにおいては、悲惨な状況を救済する行動が始まったらしい。ということは、今までは、こういった人たちの扱いは、映画などでみるような感じだった(今もかもしれない)のかもしれない。

不衛生であることで、疫病が蔓延してしまい、多数の死者が出てしまう事態となったり、男女を分けないで、一緒に収容してしまったせいで、反道徳的な事態も発生していたそうだ。

こう言った事態をどうにかするべく、ジョン・ハワード氏(イギリス)は、ヨーロッパ、中東の刑務所を見学してから(『監獄事情』1777年)、刑務所の改善について、訴えたのだそうだ。

 

私も、この活動がやりたい。だが、ジョン・ハワード氏のように、刑務所を見学できたらの話であると思っている。

 

 

教育を通じた社会復帰の理想を掲げた矯正院、教育プログラムや分類を行う職員が不足してしまうという事態が起きたため、衰退してしまったそうだ。

 

この衰退してしまった原因は、本当に、職員が不足したという原因なのだろうか。不足する原因も考えなければ、一生、このまま変わることはないと思われる。

 

 

課題は山積みだ。

 

 

刑務所の中が分かるかもしれない文献:『刑務所なう。 完全版 (文春文庫)』堀江 貴文 文藝春秋 2014-07-10

註:『犯罪学への招待』守山 正,西村 春夫 日本評論社 1999-05

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