私は犯されたオンナ

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写真:新宿(写真で見るといいものですね)

このタイトルは、アメリカ映画のタイトルです。

アマゾンで探してみましたが、見つかりませんでした。そして、当の本人は見ていません。

 

ちょっとアダルトな印象を受けますが、その通り、アダルトです。

ただのアダルトではないので、その内容をご紹介します。

 

ある青年は、強姦を目的として、女性の部屋を訪れます。

ただ訪れただけでは、部屋には入れてくれません。

その当時は、スマホがない時代だったので、車が故障してしまったという理由で、電話を貸して欲しいという口実を作り、親切なその女性は、部屋にあげてくれたというワケです。

その後のことは、割愛いたしますが、私が紹介したいのは、この後の裁判でのことです。

 

裁判では、証人として、出廷した、その被害者である女性に対して、被告人側の弁護士が、過去の男性遍歴を執拗に質問されてしまいます。

それに対して、女性は、恥ずかしながらも答えるのです。

そして、陪審員には、このオンナは、あばずれであるという印象を与えることとなり、青年の犯行は無罪の判決が下ったのです。

その女性は?というと、失意のドン底に堕ちていく様子が、描かれているという映画となっています。

 

これは、被害者は、被害を既に受けているにも関わらず、さらに被害に遭うという、こんな仕打ちを受けたら、誰だって、神様に見放された、そして、グレてしまう、または、自殺へと導いてしまいます。

 

実は、犯罪を犯した人ではなく、被害者にも関わらず、メディアや、周辺、関連機関、全社会から、強力な精神的ダメージを受けているということが、現代でも起こっているのです。

メディアに限っては、真実ではないこと、おもしろ可笑しく、催し物のように書き立て、世間を騒がせたがります。当事者にとっては、表に出ることもできなくなり、実質的には、生き地獄を味わうことになります。

被害者にも関わらずです。

味方であって欲しいモノから見放されてしまい、どんどん事実とは別の方向に行ってしまったら、そして、最悪の場合、家族からも見放されてしまったら。

 

こんなことを考えたら、犯罪者が受ける罰よりも、被害者の方が重たく、深刻である場合もあるのです。

 

現在放送中の「99.9%」というドラマでも思いますが、どちらの味方とかではなく、真実を追求し、平等に判決をして欲しいと強く願います。

その為の機関であると、日本国民の全員が思っていると思うので、この願いが届くよう、切に思います。

 

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