殺人は「コストパフォーマンス」の意識で行われている

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映画にもなった、「コロンバイン高校銃乱射殺人事件」について、どういった心理状態が働いているのかということが『殺人犯罪学』に載っていたので、ご紹介します。

 

主にアメリカにて、発生する傾向のある銃乱射事件(大量殺人)ですが、学校の生徒が行うことが近年では、目立っています。

 

学校以外にも、職場でも、同じように、大量殺人が行われることがあるのだそうです。この事実は、なかなか日本には報道されませんが、年間1,000件以上起きているのですから、ただ事ではありません。

職場にて、何らかの不満を持っている従業員が、職場で銃を乱射、発砲を行い、その被害者のほとんどは、たまたま近くにいたという人たちが、巻き添えとなっているのだそうです。

日本では、こんな事件は、ありえないので、文化の違いと言えるかもしれません。

 

 

話は戻りまして、学校での大量殺人についての特徴があります。

 

校内での銃乱射事件の多くは、都心部ではなく、田舎、郊外の学校で多く発生するという傾向があるそうです。

そして、事件を起こす犯人の多くは、白人の男子生徒であり、そして、彼らのほとんどが、中流階級の出身という特徴があるのです。

 

彼らは、学校の中では、変人扱いされてしまい、孤立していることが多く、私生活では、インターネットや、ゲームにハマる傾向があるのだそうです。

ストレスからなのか、誰からも相手にされないという現状からなのか、一部の生徒は、銃に関心を抱くこともあるそうです。この状況は、日本では絶対にありえない行動が、垣間見ることができます。

 

肝心なのは、殺人に至ってしまう動機ですが、学校集団に対しての憎悪であったり、個人的に受けてしまっている不正に対しての復讐などから、死んで当然だと思われる者たちに対して、殺人を実際に行うことで、世の中に自分の行動と、名前を知ってもらえるという、意識が働いているのだそうです。

 

要するに、学校での居場所がなく、誰からも相手にされない、いじめられていた子も含まれるのではないかと思われますが、日本では、こうなったら、自殺する傾向にあるのですが、アメリカでは、銃という無敵な道具があるので、殺人に至っているのではないかと思われます。

 

自殺と、殺人は表裏一体の関係であるとも言われており、彼らは、もう死にたいと思ってから、どうせ死ぬならという気持ちになってしまったり、殺人を犯すことで、この死にたいという気持ちを満たすことができるという気持ちも含まれているのかもしれません。

 

コロンバイン事件では、大量殺人が実行された後、彼らは、自殺をしているのです。

 

彼らは、大量殺人を犯すことによって、自分たちの居場所を作っており、自分たちを知ってもらうという「コストパフォーマンス」の意識が働いているのだそうです。

 

 

個人的に思ってしまうことは、おそらく彼らは、家でも居場所がなかったのではないかということです。

アメリカは、日本と同じく、働く国であり、学校での居場所がなく、親にも相談ができなかったり、聞き入れてくれなかったりしているのではないかと、思わずにはいられませんでした。

大人になっても、職場で銃乱射事件が、発生しているくらいなのですから、家族は大人になっても大切な存在であると、再認識させられます。

 

こんな本が出版されていておりまして、『息子が殺人犯になった コロンバイン高校銃乱射事件・加害生徒の母の告白』わかりやすい原因などない、という現実

今度、読んでみたいと思いました。

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