詐欺に遭遇しやすい日本人

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ボローニャ駅です。

レッジョ・エミリアに向かうのに、ボローニャ空港に到着し、少し離れた場所にあるので、直通のバスが走っています。普通の路線バスは、1.5ユーロくらいなのに、この直通バスは6ユーロもかかるんです。

 

行きは、空港とバス停の近くにチケットを購入するのですが、帰りはバス停の近くにもあり、そこで買えばいいかなぁと思っていたら、故障していたのです。

その販売機の近くに、1人の女性がいて、私に対して「この機械は故障しているの、チケットはバスの中で購入してください。」と教えてくれました。

 

そして、その後に「教えたんだから、1ユーロください。」と言うのです。

勝手に向こうから、言ってきておいて、こう言う要求をするのです。私自身は、まあ、可哀想にとも思わずに、「もっと人の為になる仕事を考えてやったらいいのにな」と、彼女にずっと「1ユーロ」と連呼されながら考えていました。

 

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1ユーロをここであげるよりも、お金ではなく、知恵をあげたいと思ってしまいました。

 

もう、帰らなければならなかったと言うのと、その場ではどうしていいのか分からず、そして、言葉も堪能ではなかったので、ずっと「ノー!」と言いながら、バスが来るのを待っていました。

バス停には、私以外の人はいなかったのですが、バスが来ると、どこからともなく、利用者がうわぁっと現れて乗り込んできました。おそらく、みんな彼女の手口を知っていたのだと思います。

 

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日本人は、狙われやすいのですが、それは何故なのかと考えた時に、浮かんだ答えは、聞き入れると言うことではないかと思います。

立ち止まって、言っていることを聞き入れると言うのが、日本人ではないかと思います。他の人たちは、もちろん、その人が詐欺であるということを、まず見分けているのだと思いますが、日本人は、怪しいと思っても、聞いてあげることが、ほとんどではないでしょうか。

 

よくも悪くも、ですが、聞いたとしても、しっかりと「ノー!」と言えれば、それでいいと思います。本当に困っている場合には、助けてあげたいですからね。

 

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イタリア滞在の最終日に、彼女に出会ったのは、何かの縁だと思っています。

 

こう言ったことをするのは、移民である人が多いようなのですが、レッジョ・エミリアには、いませんでした。その代わりに、物乞いをする黒人が、スーパーの前に屯っている場面を毎日のように見てきました。

おそらく、学校に行く年齢でもなく、働き先も見つからないというような状態なのだと思います。

 

↓ こちらもボローニャの駅ナカです。

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レッジョ・エミリアでは、出稼ぎに来ている人がいると言うほど、イタリアでは、栄えている場所の中(Maxmaráのお陰なのだそうです)の、ひとつなのだそうですが、それでも、イタリア人でさえ、働く場所がないという状況を、目の当たりにしました。

 

仕事があると言うだけでも、日本は本当に裕福な国であると思ってしまいました。

 

私にできることと言ったら、彼らにアイディアを分けてあげることしかありません。

私にとっては、お金よりも価値があるモノだと思っています。

 

 

↓ 閲覧注意(ハトは、イタリアも日本も変わらないようです。鳴き声は少し違いました)

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物乞いの人を見て、イタリア人のおじ様たちは、お金を渡してしまうのです。

「いつもありがとう」と言っていたので、おじ様もあげなければならなくなりますし、物乞いの人も味をしめてしまいます。

 

そんなことでは、何も解決しないと思うのです。

 

 

例えば、路上で物乞いをすることができると言うことは、靴磨きをすることもできるのではないかと思いました。これで、対価を払ってもらうのであれば、対等な人間関係になれるのです。

本格的に、場所を設ける必要はなく、足をあげることができる台と、布と油があればいいのではないかと思います。

 

 

掃除をすると言うのもありますが、実はイタリアでは、清掃は立派な仕事で、毎日のように街中で清掃車が走っているので、それは難しいと思いました。

 

 

悪知恵ばかりが働いてしまい、彼らも、社会に貢献をすることができれば、人から嫌がられる存在にもならないと思います。

そのためには、彼らには、もっと勉強が必要であると思うのと同時に、私自身も思ってしまいました。

 

 

もちろん、勝手にやってしまってはダメだと思うので、法律であったりを考慮しなければなりません。街の人々が求めているニーズであったりも重要なので、話を聞くのも、話すのも、何をするにも、もっと、イタリア語を勉強しなければならないと言うことなのです。

 

 

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